【口喧嘩】
↓お暇でしたらどうぞ~…↓
「ちょっともう、ゼブラ!
いい加減にしてくれないか!!」
荒げる声の主に、その場にいた五人のうちの三人、つまり傍観者となっていたトリコとサニーとリンは驚いていた。
四天王と呼ばれるようになる遥か前の子ども時代、『庭』と称されたIGOの施設の中で一龍会長の秘蔵っ子として育てられるとこととなった、五人の子ども達。
三人が驚いている理由は、一つ。
五人の中で最も最年長で、普段ならば年長者としてこの家の中の家事やリーダー的立場を担い、それでいて他の子どもたちが喧嘩となれば、誰よりも先にその喧嘩を止める立場のはずのココが、今日はその火種の中心の中にいた。
ココの喧嘩の相手は、言わずもがな一人に絞られる。
「るせぇ!
ちっとぐれーいいだろうがよ!!」
燃えるような赤い髪にこげ茶の瞳がめらめらと闘志に燃えていた。
兄弟の中でも一番の暴れん坊、そして何かと喧嘩の種と言えばゼブラ以外に他ならなかった。
今日は食事の席の途中、いつもお代わりを催促するトリコとゼブラが我先にと争うようにガツガツと食べては皿を次々と空にしていたが、今日は出してはいけない皿にまでゼブラが手を伸ばしてしまった。
それは、ココの分の食事として研究所から配給されていた分だった。
ココ以外のトリコやサニーやリンやゼブラのグルメ細胞の研究に関しては、そのほとんどが研究所内の施設で行われ、グルメ細胞の適合レベルやその進化についての様々な実験が行われていた。
だが、ココに関しては事情が少し違っていた。
ココの身体に適合したグルメ細胞は、優れた視覚の他に毒に対する高度な耐性とまたココ自身の体液に様々な毒を注入することによって、新たな毒を生成させる実験すらも行われていた。
だからこそ、ココが口にする食物は水一滴に至るまで、細かく管理をされていた。
それは幼い兄弟たちには異質なものとして映り、それでもココが研究所ではなく兄弟たちと共にこの家での生活を選んだのは、偏に愛しい家族と離れたくない、と言う想いだった。
「ゼブラには分からないかもしれないけど、ボクが食べるものにはそれ自体が毒となるような物も含まれてるんだ。
だから、ボクの食べるものには一切手を出さないでくれって、言ってるでしょ!?」
「はん! 誰がテメーの嘘なんか信用するかよ!
そう言って、テメーだけ特別にうまいもん食おうとしてるんだろ!!」
ココの必死な訴えも空しく、ゼブラはアッカンベーと大きな口から舌を出して馬鹿にしていた。
「っ……ゼブラ、ボク……本気で怒るよ……?」
荒げていた声を潜め、ココが凄みを上げてゼブラを睨んでいた。
ゼブラは好戦的に口元を弛め、喧嘩となるかとうきうきと心を弾ませていた。
じわり、とココの額から顔面に紫色の染みが広がっていった。
「うわっ、リン、部屋に戻ってろし!!」
危険を察知し、サニーがリンの手を引っ張ってリビングから二階へと上がっていった。
トリコは止めるべきかと思いつつも、半ば野次馬根性を決め込んでいた。
常に模擬戦闘のような訓練であっても、ココはいつも実の所その実力を見せようとしない部分があった。
だから、トリコにしてはちょっとした興味と言うか関心があったのだ。
ココと、ゼブラ。
純粋にやりあったとして、どちらが勝つのかと言うことに。
ココの身体が紫色の斑紋で満たされ、ふしゅうう、と毒素による煙が上がっていた。
鼻を付く異臭にトリコはうわっと鼻を押さえたものの、ゼブラの方はちっとも効いていない様子だった。
「はっはぁ!!
ココぉ! テメーとサシでやれる日が来るとはなぁ!!」
爛々と瞳をぎらつかせ、ゼブラが拳を振り上げた。
ココの頭上に今まさに振り下ろされんとするとき、ぐらりとゼブラの身体が崩れ落ちていった。
「あ……ん…?」
ゼブラが目を丸くして、リビングの絨毯の上にどさりと倒れ伏していた。
何が起こったのか分からない、と呆気にとられているゼブラへ、ココが歩み寄った。
「ゼブラ、さっきお前が食べた皿の中には、毒化したフグ鯨の肉を致死量ギリギリの範囲にまで薄めた肉が入っていたんだ。
試験的に抗体を投与されているボクと違って、何の抗体も持っていないお前が食べたら、あっと言う間にお陀仏なんだよ」
「てっ……めぇ、ふざ、け、や、がっ…れっ…!!」
「ほうら、舌も痺れてきてまともに喋れないだろう?
食い意地の張った真似をするからだよ。
もうこんなこと、二度としないって誓えるんならボクの抗体をあげるけど?」
どうするの?と、ココはひどく冷めた目付きでゼブラを見下ろしていた。
ぐ、とゼブラは苦々しげに顔を歪め、それでもぴりぴりと痺れる猛毒は確実に舌から唇から全身へと回っていっていた。
「……ふっ、ざ、けんじゃねええええっ!!!」
ぶわっ、とゼブラの闘気とも言うべき背後から真っ黒な怪物のような姿のものが現れた。
ゼブラの怒りに呼応して、現れたそれが何かを、ココは本能的に察知した。
這いつくばっていた身体を気力だけで奮い立たせると、どうだ!と言わんばかりにゼブラがふんぞり返った。
「こ…ん、な、どく、な…んざ、どうって、こと、ねぇ、ん、だ、よっ!!」
がしゃん、とテーブルに激しく手を付くと、コップや皿が波打って倒れていった。
けれど威勢のいいのはそこまでで、言い切った途端、ゼブラはばたりと血の気を失せた顔で意識を失ってしまった。
「……ゼブラって、本当に馬鹿だよね…」
倒れたゼブラを肩に担ぎ、ふうとココがため息を吐いた。
「トリコ、後片付けお願いしてもいいかな?」
「お、おう……!」
「ありがとう。
じゃあ、ボクはゼブラを部屋に寝かせてくるから」
自分の背とそう変わらないゼブラの身体を、ココは引きずるようにして部屋まで連れて行った。
どさりを仰向けに寝かせ、うなされてるゼブラの口に意識を集中して指先から抗体を絞り上げた。
ぽた、ぽたとゼブラの口に抗体を垂らしていく。
蒼白になっていたゼブラの顔色が、朱を差し無事に回復していくまで、ココは時間を忘れてぼんやりと眺めていた。
「……わかってるよ。
それがゼブラの、おせっかいなやさしさだって、ことくらい……」
自分の体質について、呪わなかったことが無かったわけじゃない。
自分の運命について、誰かを恨もうとしたことが無かったわけじゃない。
それでも、その怒りを素直に吐き出せてくれる誰かがいることに。
その嘆きを受け止めてくれる誰かがいることに。
「……ありがとう、ゼブラ…」
今はただ、感謝の言葉を。